物語なき世界から人々を救済する処方箋としての物語システム

要するに僕が提案したいのは、無限に続く空虚感、いわゆるニヒリズム的なものを克服しようとしたときに、もっと気楽な方法で出来ないかな?っていうことです。

 

まず空虚感と言ったときに何が欠落しているのかを考えるところからスタートするんですが、本当に欠いているのは意味というよりは因果だと思います。

例えば、僕の空虚は自然科学への絶望からスタートしていて、自然科学において因果というのは機構です。林檎が落ちるっていうイベントが起きて、これの解釈をする場合に、自然科学的には運動方程式に従って軌道を計算するんですけど、これを機構(一過性の現象の現れではなく、内部に何らかの仕組みを内臓するシステム)とみなすかどうかは最終的には個人の感覚によります。この感覚を失った場合には全てのイベントは完全に単一の時間軸上で進行する分離した現象群になって、「木を揺らすと林檎が落ちる傾向がある」っていう相関くらいは残るんですが、「木を揺らしたら林檎が落ちる」という因果は消滅します。

 

因果関係っていうのは、ある種の世界観、物語と言い換えることもできます。つまり、受動的には運動方程式が維持されている世界観、能動的には運動方程式を何者かが維持している物語です。本当に言い換えるだけなので別にどっちで呼んでもいいんですけど、物語呼ばわりをした方が、もっと広汎な虚無感を説明できる気がするのでこっちを推していきます。

 

例えば、最近話題の夫婦別姓問題とかも結局は物語の消滅じゃないですか。夫婦別姓問題の要点って、夫婦関係の個人化・矮小化による総体としての家系システムの崩壊ですよね。何故家系システムが当事者以外にとっても維持されなければいけないのか?(うちはうち、よそはよそではどうしていけないのか?)ということを考えたときに、物語が消滅してしまうからという理解が一番腑に落ちます。

とりあえず古典的な家族観を統一するためにNHKの朝ドラによくある、クソデカい木造住宅に四世代くらい住んでて皆でちゃぶ台を囲んでわちゃわちゃやってるみたいな家をイメージしてほしいんですけど、そういうタイプの旧家においては血縁は無限に継続するっていう大前提が生きているんですよね。個人が消滅=死亡しても家族は永続するっていうレゾンデートルのすりかえがキモで、どうやっても消滅してしまう個人に代わって家系は絶対物として君臨し、ひいては構成要素である個人に対しても永遠性を分け与える機能を持ちます。こういう世界観で生きてきた人は自分のレゾンデートルを家系システムに一部移譲しているわけですから、家系システムが刻む永遠の道程が中断されることになったら、つまり血縁の延長上にいる末裔たちが無限の一部としての家系を放棄し始めたら、システムと一緒に自分の存在も崩壊してしまいます。仮に今は自分の末裔がシステムの継続=夫婦同姓を選択していたとしても、家系システムのキモである永遠性っていうのは文字通り永遠に末裔たちがシステムを継続して初めて意味を持つわけですから、継続されない可能性が生まれるだけでも大問題です。

 

今まで物理学と夫婦別姓を例に挙げて物理的機構とレゾンデートルの二つについて物語の消滅というモデルを説明してきたんですが、前者が世界の物語、後者が個人の物語に対応していることは頭に置いといてください。世界の物語が担保されればその中でのロールを割り当てる形で個人の物語も作成できますし、その逆も然りなので厳密に切り分けられるわけではないんですけど。

 

ここまでが提起編、ここからが解決編です。

そういう無限に続く空虚に対しては無意味さを全て引き受けて生きろっていう思想(僕は永劫回帰がよくわからないのでそう言ってしまっていいのかわからないんですが、たぶん超人思想的なもの)がまずあって、僕もそれをやろうと思っていた時期があったんですけど、これは本当にきついです。というか、全く解決してないっていうことに気付きました。腹が減ったから食べ物が無くても生きられる人間になろうって異常者の発想ですよ。食べ物を探すのが正常な発想です。物語が消滅してしまったのであれば新しい物語を探しましょう(一応突っ込まれそうな部分を弁解しておくと、新しい物語を採用できる程度には深刻に虚無にトラップされていない必要はあります。が、別の見方として、本当は虚無からは抜け出せないとしても、スナック程度で物語を摘まむみたいなことも可能だと思うんですよね。米は無いけどブタメンはあるみたいな状態です)。

 

思い付いた物語パッケージを並べていきます。

 

例1)宗教

神性というチート要素を持っており、神が言ってたからというだけで全てのことが担保出来ます。結局、絶対性さえ獲得できればその絶対性に縋る形で色々なものを保障できるため、絶対性絡みのモデルというのは(下でもいくつか述べますが)物語を獲得する上でメジャーなものです。世界と個人の両翼をカバーしており隙の無い最強パッケージなんですが、日本では伝統的に影が薄いです。特に新宗教はオウムが暴れたせいで異常に肩身が狭いです。

 

例2)恋愛

要するに相手の中に絶対性を発見して絶対の存在=神である相手に存在を担保してもらう営みだと思うんですけど、合ってますか?僕は恋愛経験が無いので想像で書いてます。ちなみに、僕は精神科で「(君の対人能力の発達段階では)恋愛をするのは難しい」みたいなことを言われてしまったので利用できません。次に行きましょう。

 

例3)個人神

恋愛と宗教をチャンポンした上で個人化して自己完結したモデルです。具体的には、自分に信仰されるためだけの神を設計してその神に自分の存在を担保してもらいます。そんなのアリかよって感じもしますが、このモデルには有名な適用実績があって、神戸殺人の少年Aが作ったバモイドオキですね。というか、バモイドオキを見て個人神っていうモデルが可能なことに気付きました。人工精霊、いわゆるタルパとかもこれです。

 

例4)物理学

この辺は俺の空虚のルーツに深く絡んでいて語り始めたら止まらないので適当にしか書けないんですけど、神の数式みたいなやつです。本当に世界は神が作ったと思っている理論物理学者も結構いて、それはちょっと適用実績があるというだけで普通に宗教の一種だと思うんですけど、そもそも自然が現象ではなく機構であるというところで一つと、仮に機構だったとしても何故その機構でなければならなかったのかというところでもう一つで二つの信仰?から成り立ってますよね。物理神というのは。

 

例5)プログラム

デジタルデバイス上で実行されるプログラムには、デジタルデバイス上で実行されるというところにさえ目を瞑れば明らかに因果関係を設計する機能があるので、堅い物語を提供できる可能性があります。しかも自由度は無限大、むしろ何でもできるというのは神秘性を失って人の世界に落ちてしまう原因になるため、そのあたりの克服も問題です。ちなみに俺の学術的な専門分野はこの辺で、今どんどん発展している仮想現実技術(PlayStationVRとか)にデジタル宗教ソフトウェアみたいなものを捻じ込めないかな?って考えています。

 

例6)フィクション

物語ってフィクションじゃん。って感じなんですけど、ここで言っているのは映画小説とかエンターテイメントとしてのフィクションのことです。フィクションの中では色々な現象が意味を持っているわけで、世界に因果関係を提供するという目的とは噛み合っています。スターウォーズを見たからといって本気でフォースを使おうとする人間は流石にいないでしょうから、かなり気楽に、おやつ感覚で消費されるモデルです。ちなみに、上で話したプログラムともちょっと関連するんですけど、個人側から何らかのインターフェースを介して物語(世界内の因果系)にアクセスする機能を持っているタイプのフィクションは物語を提供する上では接続が滑らかで一段格上です。ゲームとか、アドリブ劇がそうですね。ディズニーランドもこの一種です。

 

例7)分裂病

見方によっては分裂病患者はある種の物語を既に獲得した人です。自己臭妄想とか被害妄想とかかなり不幸せな物語ではあるんですけど、心の底から因果関係を創造して保持しているという意味では、物語を与えるという目的には沿っています。分裂病の論文には、化学的な見地からではなく常軌を逸した因果(「隣に座っている男がくしゃみをしたのでその男は自分を監視している集団の一人である」など)がどうやって作られていくのかみたいな論理関係に注目して書かれているものもあるので、ワンチャン自分だけの因果関係=物語を入手する助けになると思います。

 

例8)麻薬

スティーブジョブズと違って僕はドラッグを使用したことがないので体験談を読むしかないのですが、薬物体験は超常体験と結び付いていることが多く、昔から宗教と麻薬の繋がりも深いです。他のモデルと違ってケミカルな力で直接脳内の論理回路に干渉できるので実効力に関しては随一と言ってもよいモデルです。法的なリスクをとりあえず無視しても健康に対するリスクがかなりヤバいので最後の手段って感じですね。

 

例9)萌え

もっと正確に言うと、萌えというよりは萌えコンテンツの中の美少女です。絶対性モデルに分類されるもので、勘違いしないでほしいんですけど、美少女の役割は恋人よりもまず神です。「オタクアニメにいくら美少女が出てきても結局どっかのおっさんが作ってるんだぞ 目を覚ませ」っていう批難?に対する反論を行うのが一番わかりやすく言いたいことを伝えられると思うんですが、オタク作品に存在する美少女はイデア界に存在する純粋な神で、作者がやっているのは精々その射影を現世に写し取る程度のことです。宗教で言うと、美少女が神、作者のおっさんが預言者、ファンが信徒、コンテンツが聖書です。特にギャルゲーでは直接的に美少女がプレイヤーを救済することも出来ます。このとき、ゲームはインターフェースに過ぎず、実際に行われるのは神との直接対話です。

 

そんな感じです。他にもあったら教えてください。

 

途中で少し話した二つの対立軸に注目して図も作ってみました。

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横軸が確信の強さを表しており、右に行くと信仰・全霊・徹底、左に行くと娯楽・部分・余裕です。宗教はガチで信じる人が多いので右の方にありますが、2001年宇宙の旅とかをガチで信じる人はあんまりいないのでフィクションは左の方みたいな感じです。軸名の日本語が微妙なんですけど、個人の中に食い込む度合いというイメージで単語をチョイスしました。

縦軸が普及度を表しており、上に行くと自慰・独占・秘匿、下に行くと公開・共有・通説です。分裂病は個人の中で完結していて物語=妄想を共有することがないので上の方、対して物理学は相当な人数が同じ物語=方程式を共有しているので下の方にあります。

念のため、English Versionも用意しました。

 

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おわりです。