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11/25 晴れ

こんばんは、大日本帝国憲法です。

駒場祭も終わり、あとは残り3週間を乗り切って冬休みを待つだけという時期です。冬休みは何も予定が無く、楽しみです。

さて、目下の思案は迫る進振りに関してです。理系東大生の進路についての一応の説明としては1・2年が駒場(教養)、3・4年が本郷(学部)というのがまあ一般的なそれなんですけど、実際のところは、2年夏学期が終わる頃には既に学部を内定させ2年冬学期には学部に入るのが通常のようです。つまり意外と時間がなく、事実、1年生向けの、最初の!進振りガイダンスが一週間後に開催されるのは最近教務課HPが更新した通りです。

今更言うまでもなく、東大は将来の決定を先延ばしに出来る進振り制度をウリにしており、受験当時進路が決まっていなかった僕はまたそれをアテにして幸いにも合格した経緯ですが、進振りが始まるまでの間に進路が決まらないとなると、せっかくのウリとアテもフイになってしまいます。実は、高校入学当初も僕の積極性の無さを危惧した母から「高校二年までに大まかな進路を決めろ」という旨の命令を受けたものの一向に決まらず、「決定を先延ばしに出来る東大に行くから、とりあえず許してちょ」という感じでなし崩し的にその命令を無効にしたような前科があります。今回はもう先延ばしに出来ない、ラストチャンスです。

現代日本において、人が年をとるということは万能細胞が分化するが如しです。生まれたときは何にでもなれたはずなのに、年齢と決定を重ねていくにつれて、出来ることはどんどん減っていきます。これを専門性の深化と見る向きもありますが、だからといって選択肢が加速度的に減っていることは疑う余地がありません。今日の決定を経て明日の僕とあなたは昨日よりも可能性の少ない人間となっていくのです。特に強く人生の方向性を決定し、選択肢を急激に減らすターニングイベントもいくつか存在し、それは受験であったり就職であったりしますが、進振りもまたその一つです。

僕は何もしたくないのです。すべからく何もやりたくない。学部に行きたくない、というか、大学に行きたくないし、だからといって社会にも出たくない。何もやりたくないのにいずれは何かをしなくてはいけなくて、その選択肢だけが着々と減っていくというのは、かなりの脅威です。

まあ、別にどうしようもないので、近いうちに進学相談室に行って相談してこようと思います。いくら大きな脅威が差し迫っているとしても、力なき僕としては粛々と頭を捻るしかありません。

おわりです。